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仙台高等裁判所 昭和43年(う)281号 判決 1969年2月06日

被告人 小山内良一

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮八月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡部直治名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認ないし法令適用の誤りの主張)について

一、論旨は、まず、被告人には本件に関し自動車運転上の過失は何ら存しない旨主張する。しかしながら、原判決の引用証拠によれば、被告人は、判示の日時、大型貨物自動車を運転して、幅員約九・五メートルの判示国道の左側中央部分を時速約六五キロメートルの速度で進行中、前方約一〇〇メートルの道路右側端附近に普通乗用自動車一台が前照燈を減光して停車しているのを認め、自車の前照燈を下向きに切り替えて進行を継続し、なおその直後、右自動車がいわゆるタクシーであることに気づいたこと、附近は両側が一帯に田圃で照明設備がなく、折から暗夜であるうえに、右のように前照燈を下向きにしたために、被告人が進路前方左右の状況を見通しうるのは二五メートル位の範囲にとどまつたこと、がそれぞれ認められるのであり、してみると、右のような状況のもとにおいて、被告人には、危険の発生に備えて前照燈の照射距離に見合う程度に予め減速徐行をなし、かつ前方左右を注視して進行をなすべき注意義務があるものといわなければならないのであつて、しかるに、被告人は、右タクシーがその運転手において車中で休憩するために停車しているにすぎないもので格別の危険はないものと考え、減速徐行をせずかつ同タクシー附近の道路右側の状況に対する注意を十分に払わないで進行したため、折から同タクシーより降車した被害者が、被告人の進路上を横断すべく、同タクシーの後方から酒に酔い頭を下げ体をふらつかせて道路中央線附近に出て来ていたのを、前方約一五メートルの至近距離に迫つて発見し、急停車の措置を講じかつハンドルを左に切つたが、結局避けきれず、車長約八・五五メートルを有する自車の右側後部を同人に接触させてこれを路上に転倒させたものであることが前掲証拠により認められるのであるから、被告人には右注意義務の違反による過失の存することが明らかである。本件における右のような具体的諸状況に徴すれば、所論のように、被告人においてその進路上を横断する歩行者のありうることを予見すべき義務がなかつたものとすることは許されないし、また被告人に減速徐行の義務がなかつたものとすることもできない。

二、つぎに、論旨は、被告人の右過失と被害者の死亡の結果との間には相当因果関係が存しないものというべきである旨主張する。

なるほど、原判決引用証拠によれば、被害者は、被告人の自動車の右側後部に接触してはね返され、道路中央線の左右にほぼまたがつた形で仰向けに転倒し失神状態に陥つたもので、被告人が右接触、転倒の事実に気づかず速度を旧に復してそのまま現場を走り去つたのち、二、三分後に、被告人とは反対の方向から大型貨物自動車を運転して現場にさしかかつた金田末五郎において、自己の進路内に被害者が上体を入らせて転倒していることに気づかず、右側車輪で同人の頭部顔面等を轢過し、これを即死するに至らせたのであつて、しかも、金田による右轢過行為は、その際前照燈を下向きにして進行した同人の減速徐行義務違反ないし前方注視義務違反の過失に基づくものであつたと認められるのではあるが、しかしながら、そもそも被害者が被告人の自動車に接触して道路中央附近に失神転倒するに至つた事実は、その直前における両者の位置関係等に徴して、何ら予想外のことではないというべきであるし、さらには、金田が右のような被害者の姿に気づかずにこれを轢過した事実も、前掲証拠により認められる本件当時におけるかなりひん繁な車両の往来状況や折から暗夜で照明設備もない現場附近の甚だ困難な見通し状況等に徴すれば、一般的にありがちなこととして十分に予想しうる事態であるといわなければならないから、結局、被告人の過失行為と被害者の死亡の結果との間には相当因果関係が存在するものというべきである。被告人が走り去つたのち金田が被害者を轢過するまでの間において、現場にさしかかつた自動車が他に数台あり、しかもそのうちの一台は金田の自動車に先行した車であつて、これらがいずれも被害者の姿に気づいていつたん停車し、危害の発生を避けたものであることは、記録上これをうかがうことができるけれども、そのことから直ちに、所論のように、金田の過失に基づく右轢過行為が一般的に観察して全く予想外の偶然的な出来事であるにすぎないものと断じ、前記相当因果関係の存在を否定しようとするのは、当を得ないものというべきである。

これを要するに、以上の点に関し、記録を調査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りの違法を発見することはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

記録および当審における事実取調の結果に徴すると、被告人の本件自動車運転上の過失は前記のような内容のものであつて、もとよりこれを軽視することは許されないけれども、事故現場附近の国道が公安委員会による速度規制の対象とはされていない場所であることなどをも合わせ考慮すると、被告人の右過失が、その態様および程度において、真に悪質重大なものであるとは断じがたいところであり、被害者が被告人の自動車に接触転倒したについては、むしろ被害者自身により大きな落度が存したものといわなければならず、また、被害者の死亡の結果が、直接的には被告人以外の者の過失行為によつて惹起されたものであることも、量刑上十分に斟酌されなければならない。もつとも、被告人が被害者に対する接触の有無を確認しないで現場を走り去つた点は、自動車運転者としてまことに軽率であつたとのそしりをまぬかれないけれども、さりとて、原判決の強調するがごとくに右の点を悪質極まる情状として量刑上に過大視することは、被告人にいわゆるひき逃げの罪責を帰しえない本件においては、当を得ないものといわなければならない。本件事故後、被告人は、誠意をもつて被害者の遺族に対する慰藉に努め、これと示談をなし、自動車損害賠償保障法による保険金のほかに支払うものと約した示談金二五〇、〇〇〇円を他よりの借金で支払い終り、遺族から被告人のために寛大な措置を願う旨の上申書も提出されているのであつて、その他被告人の年令、性格、家庭の状況等諸般の情状を総合すると、本件被害結果の重大性および被告人の交通事犯前科歴等を考慮しても、被告人に対してはその刑の執行を猶予し、反省自戒の機会を与えるのが相当であると認められる。してみると、被告人を禁錮八月の実刑に処した原判決は、量刑が重すぎるものといわなければならない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのとおり判決する。

原判決が起訴状記載の公訴事実を訂正のうえ引用して認定した罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、第二条に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を禁錮八月に処し、前説示の情状にかんがみ、刑法第二五条第一項第一号を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)

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